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AIのある未来は、デザイナーにとって地獄か、天国か?

はじめに

2045年にシンギュラリティが訪れるという説を唱えたのは、AIの権威として知られるレイ・カーツワイル。
AIが当たり前のように周りに普及している今、我々デザイナーが持つべき思考とはなんだろうか。
日々進化するテクノロジーを利用し、技術やその思考についても、さらなる進化を遂げることが今、我々デザイナーに求められている。

01/デザイン

デザインの歴史と進化

まずは簡単に、これまでのデザインの歴史を振り返ってみよう。
20世紀前半に誕生したモダンデザインから始まり、1955年にバウハウスの精神を注ぐウルム造形大学の開講、1950~1960年には写真家、美術教育者でもあるモホリ=ナジ・ラースローの精神を引き継いだイリノイ工科大学の設立。60年代の世界中の広告界を席巻した、アメリカの広告代理店「DDB(Doyle Dane Bernbach)」が手がけた、ドイツのフォルクスワーゲン車の広告。戦後の日本では「視覚的なデザイン」と「工業的なデザイン」のそれぞれが、独自に発展していく。終戦から10年の1955年、アジアで最初に開催された「東京五輪」は、日本のデザインが世界に注目されたイベントであった。

▲ DDB「フォルクスワーゲン車の広告」(1960) 引用:https://chuukyuu.hatenablog.com/entry/20090213/1234466089
▲ 亀倉雄策「東京オリンピック」(1964) 引用 https://www.ssf.or.jp/ssf_eyes/history/supporter/14.html

プロダクトデザインの方でいうと、1940年代末にはイームズが、椅子を原型とするFRP製のシェルチェアを完成させる。生活のための道具である椅子を有機的な存在にすることで、イームズは「もの」と人との間に親密な関係をつくり出す。こうしたアプローチは、デザインの歴史の中でしばしば見られる。
たとえば1998年に発売された初代「iMac」は、それまで機械然としていたコンピュータを、誰にとっても親しみやすい、愛着の持てるものに変えた。

▲イームズが1940年代末に発表したシェルチェア。 引用 https://futuredesign-lab.jp/research/723/ 

コンピュータのインターフェイスも、iMac以前から現在まで大きな進歩を遂げている。
アメリカの科学者、ベン・シュナイダーマンは1986年に「ユーザーインターフェイスの8つの黄金律」を発表し、信頼感を高めるシステム設計、ユーザーの記憶力をふまえた階層構造、操作ミスに気づきやすい表示方法、不安を感じさせない言葉遣いなどを提案。また2000年以降はコンピュータの高性能化により、インターフェイスのグラフィックに動きが加わって、使う楽しさを志向するOSが普及した。

現在のスマートフォンの外観は、素っ気ないほどにミニマルである。しかしタッチスクリーンの奥には、高度なインターフェイスがひしめいている。個々のアプリがユーザーフレンドリーなのは大前提で、持ち主ごとに最適化された情報を表示し、簡単な会話すら成り立つ。そのために人工知能(AI)が活用されることも増えてきた。
人と機械の関係は、テクノロジーの進歩とともにいっそう親密になり、すでに切り離すことが考えられない。では今後、その関係性はどんなふうに進化していくのだろう。

さて、我々の身近にあるAI。デザインと AIについて語る前に、再度AIについてのおさらいをしていこう。

 

02/AI
AIの今までとこれから

1. そもそもAIとは?

今では誰でも一度は耳にしたことあるAI(人工知能)も、ここまで認知されるまでに、姿形を変えながら壮大な歴史を歩んでた。1950年代にはじめて人工知能が出現して以来、60年以上にわたって続く歴史は、一言二言では表せないほど深く、今も私たちの生活に大きな影響を与え続けている。

AIとは計算の概念とコンピュータを用いて知能を研究する計算機科学(コンピュータサイエンス)の一分野だ。
言語の理解や推論、問題解決など、これまで人間にしか不可能だった知的行為を機械に代行させるためのアルゴリズムを指す。
20世紀の宇宙開発競争に続いて、世界各国が積極的にAI開発を進めており、人工知能という概念は軍事利用を含めて多種多様な産業に応用されている。その歴史は17世紀にデカルトが提唱した機械論にまでさかのぼるが、本格的な技術研究や実用化が始まったのは20世紀後半。人類はニューラルネットワークやファジィ理論、強化学習といったアプローチから人工知能の実現を試みてきた。
21世紀に入り、ディープラーニングとビッグデータの登場により社会に広く浸透した。2010年代の後半からは第三次人工知能ブームといわれ、ディープラーニングを用いた画像認識やテキスト解析、音声認識など、AIは日常に溶け込む身近な概念となっている。

 

2. これからのAI

シンギュラリティはくるのか

“2045年には人工知能(AI)が人間の能力を超える”── このシンギュラリティの仮設をレイ・カーツワイルが唱えた一方で、この仮説の未来の実現にはまだまだ時間がかかる、という考えもある。
AIの進歩を不安視する人間は、産業構造が激変し人間の仕事が機械に奪われると懸念する市民から、スティーヴン・ホーキング博士のように、「世の中が便利になる」と一定の評価をしつつも、AIが人類滅亡を招く可能性があると憂慮する学者までさまざまである。とはいえ、いずれはやってくるであろう未来には間違いない。
人類が狩猟社会から、農耕社会、工業社会、情報社会へと進むにつれて移行期間はだんだんと短くなっており、人類史上重大の変化が、シンギュラリティにより短期間で訪れると予見されているのだ。

 

3. AI産業の現状と未来

AIが大変なビッグワードになり、AIに大きな期待を寄せる人がいる一方で、それを怖がる人たちも多数いる。
だが我々がいま目にしているのは、AI革命の第一波にすぎない。これは「特化型AI革命」とも言われ、AIが非常に限定的なタスクをこなせるようになり、商業的な面でも人気の面でも目に見えるかたちで成功を収めているステージである。それはもう少しすると、「AGI革命(汎用人工知能革命)」が起きる。AIは想像も創造もできるようになり、開発者すら想定していなかった問題にも対応できるようになる。そのさらにあとに出現するのが「ASI(人工超知能)」と言われている。
自らのコードを書き換え、新しい理論を発明することによって人間のレヴェルをはるかに超える、次の次元のAI。いまある特化型AIですら、すでに大きな商業的価値を提供しており、政治からメディア、一般社会まで各方面からの注目を浴びている。これがAGIになれば、AIは例えば電子機器などよりも大きな存在となるのは間違いない。

さてここから先は、現在活用されているAIの事例をみてみよう。

 

4. 活用されるAI

AIは、わたしたちの共同クリエイターになる。

アート界において、AI技術の技術革新で注目が集まっているのが、「機械学習」能力。
現在の第3次ブームの中心である。データを取り込み、パターン認識のトレーニング繰り返すことによって、AIは建物、人物、川といった、絵を構成する視覚的要素をはじめ、表現スタイル、ジャンル、アーティスト、構図なども自動的に解析できるようになる。
AIは画像認識のプロセスにおいて、美術史の定説などを考慮しない。そのため、これまで美術史家やキュレーターが思いもよらなかったような関連性を、作品の中に見出すことができる。こうしたAIによる発見を、新たな角度からの展覧会企画などにつなげていくことに期待が寄せられている。

▲エドモンド・ベラミーの肖像。世界で初めてAIが描いた絵画としてクリスティーズのオークションに出品され、43万2500ドル(約4800万円)の値がつき話題となった。引用 https://jp.sputniknews.com/science/201808245262740
▲Artendex社は、AIにマティスやピカソといったアーティストの筆致を学習させ、機械的に真贋判定を行うエンジンの開発をしている。判定精度は、すでに約8割まで到達しているという。引用 https://medium.com/@ahmed_elgammal/picasso-matisse-or-a-fake-a-i-for-attribution-and-autehntication-of-art-at-the-stroke-level-f4ec329c8c26

 

では次はファッション業界に目を向けてみよう。
近年では、既にさまざまな場でAIが活用されて始めている。お薦め商品の選定から仮想の新作コレクションの制作はもちろん、なかにはブランド名からロゴ、宣伝文句、Tシャツの刺繍デザインまで、あらゆる過程にAIを活用するブランドも登場した。
また、こうしたなか、ファッションの世界における人間の役割も、ゆるやかな変化を見せ始めている。
ニューヨークを拠点とするファッション分野のスタートアップ、Cross & Freckle(クロス・アンド・フレックル)は、AIに完全依存する新しいかたちのブランドである。シャツのデザインなどはもちろんのこと、ブランド名とロゴ、マーケティング用のフレーズまで、すべてAIを活用して行われている。
Cross & Freckle https://crossandfreckle.com/

AIがつくり、人間が選ぶ

刺繍のデザインにいたっては、Google Creative Labが手がけたゲーム「Quick, Draw!」を通じて集められた世界の数百万人分の落書きデータをもとによって生み出されたオリジナルのデザインだ。
自動生成AIのメリットは、選択肢を大量生産してくれるところ。人間はAIが生成したいくつものなかから、最適なものを選んでいくのである。
AIによるメディア生成で興味深いのは、これまでに一度もつくられたことのない形が生まれたり、AIが想定する『モノの見た目』が我々の前に可視化される点である。AIは、もう既に我々の共同クリエイターとなっているのだ。

Cross & Freckle 引用 https://www.facebook.com/crossandfreckle/

5. これからはAI「拡張知能」と呼ぶ時代がやってくる

ダートマス大学のジョン・マッカーシー教授は62年前の夏、「人工知能」(AI)という用語をつくり出した。
だが「シンギュラリティ」の提唱者、レイ・カーツワイル博士はかねてからAIを「人工知能」と呼ぶのは適切ではないと発言してきた。「私の目指しているのは知能を延長させるもの”Augmented Intelligence”なのだ。」と。
機械学習の進歩から利益を得ようと望む企業の投資が急増するなか、AIに関する議論は避け難いものになっている。AIという用語について、「人間と機械は敵対するに違いない」という仮定によって汚染されてしまったとも感じる。つまり、ロボットが人間の仕事を奪うとか、超知能が人類を脅かすとかいった議論だ。

AIを人間とは別のもの、あるいは人間と対立するものとしてとらえるのではなく、機械がわれわれの集合知や社会を拡張していると考えるほうが、より有益であり正確だ。
AIという言葉に別れを告げ、これからは「拡張知能」(extended intelligence:EIまたはXI)と呼ぶことにしよう。この言葉なら、AIを少数の人を豊かにする、あるいは彼らを守るためのものではなく、多くの人々のためによいことを行う道具として捉えやすくなるはずである。

6. 愛とテクノロジー/人工生命(ALife)

AIをはじめとするテクノロジーの進歩と応用により、その先に見えてきたのが人工生命(ALife)。
それは必ずしもサイボーグのようなものではなく、生命を抽象的に思考し、具現化を試みる新しい科学である。生命は、あるパターンに従って成長し、他者と相互関係をつくり、自己を複製し、進化していく。
深層学習によって知能を成長させるAIは、ALifeと共通する部分もある。ただし大きな違いとされるのは、ALifeが自律的な存在である点である。

iRobot社のロボット掃除機「ルンバ」は、人工生命研究から生まれたプロダクト

当時、AI研究者のなかではトップダウン型のアプローチでロボットに空間を認識させてから行動させることが主流であった。そのため、ボトムアップ型のルンバはAIの重鎮たちから批判され、無視されていたという。しかし、最終的には当時の常識とはまったく異なるそのしくみが評価され、AI研究の最高賞を受賞することになるのだ。

▲iRobot社のロボット掃除機「ルンバ」 引用 https://futuredesign-lab.jp/research/723/
「人間の頭のなかに知性が存在しているわけではなく、環境のなかに知性が埋め込まれている。そしてその環境との“相互作用”から、知性を発見していっている」と、人工生命研究者の池上高志さん(東京大学大学院情報学環教授)は語る。

“モノ”に生命性をインストールする、とは?

その池上氏も関わりのある、「株式会社オルタナティヴマシン」という会社のコンセプトは「あらゆるものに生命性をインストールする」というものだ。それは例えばパソコンやスマホなどに生命性がインストールされたらどうなるのか。もしも情報技術でそれを生み出せたとしたら、それは「飽きのこない技術」になるかもしれないし「愛着を生み出す技術」になるかもしれない。
これはこれまでの「効率化の技術」とはまったく違う思想に立つことになる。
そういったことが実現していけば、ものの買い方も変わるかもしれない。たとえば、身の回りのものがペットのような存在になったり、ペットのような振る舞いをしたりしたらどうだろう。
古くなったら新しいものに買い換えるという発想ではなく、どう長生きさせるかを考えるようになる。
人間が本来持つ優しさに働きかけられるようになるかもしれないのだ。
株式会社オルタナティヴマシン https://alternativemachine.co.jp/

 

03/まとめ

人類が抱えている問題の大半は、いわば「シンギュラリティの夢」とでも呼ぶべきものの産物であることは明白だ。気候変動や貧困、慢性疾患、近代的テロリズムといったものはすべて、我々人類が指数関数的な成長を目指した代償なのである。

こうした現代の複雑な問題は、過去の問題を解決するために行われたことの結果として生じている。
生産性の向上を際限なく追求し、制御するには複雑になりすぎたシステムを無理に管理しようとした果てに、いまの目の前に広がる我々の世界があるのだ。

「役に立たないものや、美しいと思わないものを、家に置いてはならない」。ウィリアム・モリスのこの名言から始まったとも言えるデザインの歴史。テクノロジーの発展によって、我々の生活は日々進化していく。
それと同様に、デザインにおいても、思考においても、アップデートしていかなくてはならない。
現在のAIはまだ人間の願いを理解できないが、この状態のままAIが普及していく世界というのは、安全装置のない銃をみんなが持っている状態に近く、極めて危険とも言える。だがこれから、人間の願いを良い方向に向かわせるアシストをしてくれたり、人間とAIが同じ願いを持って共創できるようになった未来があれば、その時には世界はより良くなっているはずである。
AIという存在が当たり前になった時に、我々はさまざまな形で人間の可能性を拡張させるようなカウンターを生み出すはずで、正しさやロジック、最適解などとは異なるベクトルで、創造する楽しさを見出していくのではないだろうか。

AIとの付き合い方や考え方を前向きに考えることは、人類にとっての大きなアップデートにつながると言ってもいい。それはデザインの世界にも共通して言えることである。怖れているだけでは、1歩も前に進むことはできないのだ。

 

参考記事:
デザインはどこまで進化するのか? ALife=人工生命をデザインする時代
https://futuredesign-lab.jp/research/723/
AIはアートの未来を変えるのか? 「アート+テックサミット」で語られたこと
https://bijutsutecho.com/magazine/insight/20093
「人工知能」は終わる。これからは「拡張知能」の時代がやってくる
https://wired.jp/2019/06/15/artificial-intelligence-extended-intelligence-joi-ito/
「AIがつくるファッション」で、デザイナーの役割は激変する
https://wired.jp/2019/09/02/artificial-intelligence-in-fashion-design/
ざっくり振り返る!デザインの約160年の歴史について知ろう
https://hataraku.vivivit.com/column/esignhistory_modern201802

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