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2つの定番商品のデザイン戦略にみるアジアの可能性

定番商品にもいろいろあるが、ここではタバコのパッケージデザインを例に、対極的ともいえる2つのデザイン戦略からアジアの可能性について考えたい。一つはデザインの教科書通りの成功例として、もう一つはその戦略を取らない成功例として。

タバコという商品の特徴は、関与度が高く、接触時間が長い。よく嗜好品のジャンルに分類されるが、デザインの観点からすれば同じく口に入れるものでもコーヒーやお酒と同類ではない。接触時間の長さや関与度の高さを基準に考えれば、ファッションやスマフォなどと同類ともいえ、ブランドスイッチしにくい傾向から言えば、香水などの化粧品とも近い。それらと比べてデザイン面積の小ささや制約を考えると、非常に難易度の高い商品といえる。

よく売れる定番商品は経営上、悲願と言っていいほど重要なプロダクトとなるが、運よく獲得できても、数十年のロングセラーともなると、ユーザーの高齢化が同時に進むことになり、じわじわと減産を強いられる道をたどることは少なくない。新規若年層ユーザーの獲得数より、離脱の方が多くを占めるようになると、真綿で首を絞められるような感覚を味わうのだろうか? これはタバコに限らず、どのロングセラー商品にも言える共通の課題なのだと思う。弊社が相談を受ける中で、他にも共通の課題を挙げれば以下のようになる。

1:定番商品の開発者がいまも社内でブランド管理を行うために、社内ではアンタッチャブルな存在となり、関係者以外さわれない。(いいと思えるアイデアがあっても、余計なお節介で販売減が加速するリスクを誰も負えない)

2:定番商品販売数減の穴埋めを他の新規商品で補うべく新規商品開発に励むが、定番商品の成功の「型」に囚われ、もがく。

3:結果、類似商品が多数生まれ、カオス状態に。

フィリップモリス社のマールボロ

そんな企業において羨望のリニューアルがこれだ。パッケージをリニューアルする目的は主に二つある。一つは「望むべきブランドイメージを維持・強化する」ことであり、もう一つは「記号として、より覚えやすくする」ことだ。

商品が何十年も店頭に並んでいると、競合商品のリニューアルや新商品の登場などで相対的に古くなり、望まないポジショに押しやられるようになる。歴史があっても最先端でありたい、そう望むのは、新規ユーザーの獲得のためでもある。この場合、デザインによって望むべきポジションに鮮度を持って置き直すことが求められる。

もう一つ「記号として、より覚えやすくする」ことは、店頭販売が主流のタバコにおいてはとても重要な指標となる。店頭でパッと見て商品の想起や理解を効率的に行えるようにすることで、究極的にはノンバーバルに、あるいはデザインの一部を見るだけでも世界中でブランドコミュニケーションを効率的に行えるようにするのが最良である。

今年誕生98年を迎えるマールボロだが、2015年に行われたマールボロのフルリニューアルは60年ぶりとあって相当なエネルギーを費やしたに違いない。その結果はまさにこの二点を忠実に守っているお手本中のお手本と言えるものになった。デザイン資産である白と赤と三角部分(口紅マーク)を強調する一方で、ロゴはほぼ目立たなくなっている。パッケージからロゴを引き算する潔さに、目を見張ったのを今でも覚えている。その一方でマークの強みを際立たせ、世界のどこでも通用する、ノンバーバルなコミュニケーションを実現している。長年、モータースポーツのスポンサーをはじめ、さまざまなコミュニケーション活動を通じて“白と赤の三角部分”を記憶に植え付けてきたからこそ可能な教科書通りのリニューアルといえる。お手本のようなリニューアルでも当初は販売減を強いられたと聞くが、その後はどうなのだろうか?

日本たばこ(JT)のセブンスター

こちらも誕生52年目の日本を代表する銘柄である。世界的にはマールボロほどの知名度はなくとも、日本国内で最も売れているタバコであることを知る人は少ないだろう。マールボロがアメリカのタバコアイコンであるなら、日本のそれはセブンスターである。 セブンスターもマールボロも、高タールの14mgが圧倒的に支持されていて、それ以外の低タール商品は言わばおまけと言っていい。「セッタ」「ブンタ」など地域により様々な呼ばれ方で愛され、日本を代表する俳優、故高倉健のような佇まいを今も守っている。そしてご覧のように、このセブンスターは未だ大掛かりなリニューアルを行っていない。にもかかわらず、実は50年もの間、ほとんど国内での販売トップシェアを維持している。1985年のタバコの広告規制以降、有効な販促方法も限られるなか、いかにしてセブンスターがトップを独走し続けたのか?その戦略にはマールボロのように欧米式ではない、アジア式のデザイン戦略の可能性のヒントがある。

「守・破・離」という言葉をご存知だろうか?Wikiによれば、もとは千利休の訓をまとめた『利休道歌』にあり、日本において芸事の文化が発展、進化してきた創造的な過程のベースとなっている思想とある。 このセブンスターにおいて守べき基本の「守」はもちろん上記写真の14mgである。

西欧的に考えるなら、時代とともに環境は変わるのであるからありたいポジションにい続けるために、リニューアルを考える。しかし「守」をベースとしたサブブランドを「破」で作り、「守」を取り囲んでみる。この時の「破」は『セブンスター〇〇』というサブネームを頂戴し、その時代を反映し解釈した姿をで誕生する。またさらに「破」から派生した「離」も「守」のファミリーとして、遠巻きに「守」を取り囲む。セブンスターとは14mgだけを指すのではなく、これら全てがセブンスターなのだ。一方、マールボロには、このようなサブブランドは存在せず、ニコチン・タール値が違う「ランク違い」があるのみだ。そして注目すべきは、セブンスターはJTの中でずっとトップセラーであることだ。この一点をみてもセブンスターの戦略は成功しているといえるのではないか?

我々の社会は仏教や茶道に多数の宗派があり、それぞれがちゃんと共存しうる。 その姿をイメージして欲しい。母船を守る護送船団のような姿が浮かび上がる。この母船を守る船団は生態系でもある。母船以外は何度も再生産を繰り返しながら、唯一変わらぬ「守」の母船を50年もの年月を今日まで運んできている。

これは西欧に代表される一神教のヒエラルギー構造に対し、仏教におけるマンダラのようではないか、と僕は思う。ブランドやデザインの持つべき戦略には学ぶべき1つの正解があるという考え方に僕は馴染めない。戦略は市場によって変わるべきだし、欧米で正しい方法がアジアで通用すると思うほど僕は楽観的ではない。その点で僕は欧米の教科書通りでない、アジアならではの成功事例にこそ新しい未来があると思う。

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