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History of typography 5分で読むタイポグラフィーの歴史

・書体を選ぶ理由に根拠を
・欧文書体の歴史
・印刷技術の歴史 
・日本でこれからも求められるであろう「タイポグラフィー感」

書体選定に必要な根拠

書体を選ぶ際、どんな基準で選べば良いか迷うことは?最近はアプリケーションが発達してIllustratorやIndesign上でも書体がプレビューできるようになり、「雰囲気」で選びやすくなりました。もちろん「感覚」も大切ですが、「なぜこの書体をえらんだのか?」をしっかりお客さんに伝えることができれば、デザインの説得力増します。今回は5分で読めるタイポグラフィーを成り立ちから振り返って、書体選定の根拠のひとつとしての歴史を紹介したいと思います。

欧文書体の歴史

紀元前3000年頃~古代ローマ時代

文字の成り立ちからさかのぼると、紀元前3000年頃のエジプトの象形文字~紀元前1000年頃のフェニキア文字~紀元前800年頃にはギリシャ文字の元となる文字ができたそうです。そもそも「アルファベット」という言葉は、ギリシャ語の最初の2文字、α(アルファ)とB(ベータ)からきているそうです。

そのギリシャ文字がイタリアに渡り、古代ローマ帝国がラテン語を公用語に採用した頃から、古代ローマ帝国のヨーロッパに広がる勢力範囲にともない、ラテン文字がヨーロッパ中に広まっていき、ローマ字という名称の元になったそうです。

ローマ字(ローマン体)の元となった古代ローマ時代の石碑には「J」「W」「U」がなく、かつ小文字もありません。小文字は4~9世紀頃にかけて少しずつ変化しながら産まれ大文字の「J」「W」「U」が加わるのはなんと16世紀頃だったそうです。

 

こういった歴史の文脈を上手く使ったブランドに「ブルガリ」があります。

ブランド名は創業者であるソティリオ・ブルガリ(Sotirio Bulgari)の名前に由来していおり、1884年創業当時は「S.BULGARI」としていましたが、ルーツでもある古代ローマからの古典様式や伝統に大切にするという思いから、古代ローマ時代のアルファベット表記「BVLGARI」にあらためたそうです。

 

少し話がそれましたが、そういった背景からできた書体が「Trajan」です。この書体は紀元前2000年頃の「トラヤヌスの記念柱」の土台に彫り込まれた碑文がベースとなっています。書体自体のリリースは1989年ですが、そういった歴史から大文字だけで構成されています。さらに2016年にadobeから発表された「Trajan Color」は彫り込まれた雰囲気の形状でカラーで!表示できます。(必要かどうかは別にして色も字形から選択可能!)

 

そして、このTrajanという書体、90年代の映画に結構使われてきました。92年『ボディガード』、97年『タイタニック』など、壮大な作品に使われていて、タイタニックなどは歴史的ノンフクションなので、雰囲気があっていたように思うのですが、みんなTrajanにしておけばそれっぽく見えてしまうため「とりあえずTrajan」状態という「大したことない映画だが、ポスターだけはよさそうに見える」なんとも不名誉なイメージがついてしまい、大作でTrajanを使いにくなっていったそうです。

(映画ポスターで「Trajan」フォントがなぜ多く使われるのか?)https://gigazine.net/news/20180702-movie-poster-typeface-trajan/

15世紀~活版印刷技術の発明~ベネチアン系書体

次に15世紀、「書物」において現代まで続く革命がありました。ドイツのヨハネス・グーテンベルクが活版印刷技術を用いて聖書を印刷したのです。それまでは手書きで一文字一文字写していた聖書をグーテンベルグは合字も含め300文字以上の活字をつくり、手書きで行われていた綺麗な箱組みを印刷で再現したのでした。日本では慶應義塾大学にオリジナルがあり、デジタルアーカイブとして公開されています。

それにしても、初期の印刷技術から箱組みでいかに美しく組めるかに着眼して、活字から印刷機まで作ったグーテンベルグは発明家としてだけでなく、当時から組版のディテールまで意識していたことに驚きます。そして少しでも高く売るためだったのか、印刷を写本と同じように仕上げようとする情熱がすごいです。しかしビジネス的にはなかなか評価されなかったようですが。(自宅と印刷所を内乱で焼かれてしまうなど、彼の半生もまた波乱に満ちていたようです)

 

活版印刷技術の発展により、ルネサンスの時期にベニスで出版ブームが起きました。そこからイタリア人の嗜好に合った、もっと読みやすい活字書体が作られ、これが1470年頃ニコラス・ジェンソンが作ったベネチアン系書体とよばれるローマン体となったそうです。(Adobe Jenson Pro regular)

ベネチアン書体はペン書きによる肉筆感を残して小文字の「e」にみられるように右上がりに傾斜した抑揚があります。

 

15世紀末~オールドフェイス書体

15世紀末には、肉筆感覚を残しつつ印刷書体としても機能する「オールドフェイス」と呼ばれる書体が開発され、1540年にフランスのクロード・ガラモン(Claude Garamond)が制作した書体が、現在オールドフェイスに代表される書体として知られるGaramondという書体の元となりました。(Adobe Garamond Pro regular)

 

 

そしてこの頃に1500年頃の法王庁書体をヒントにしたイタリック書体が生まれました。イタリック書体は、はじめは独立した書体だったそうですが16世紀中頃から部分的に強調や外国語を表すために使われるようになったそうです。

ちなみにItalicは草書的なものを起源としていますが、obliqueはローマン体のアウトラインデータをもとに、データ上で単に傾けただけのものを指します。(書体としての完成度はという以前にデータで変形させただけなので、細かく見ると潰れてしまっていたり歪んでいるところがあります)

18世紀トラディショナル書体

18世紀になると印刷技術が向上し、ヘアライン(髪の毛の線)のような細い精密な印刷表現が可能になり、肉筆感の少ない洗練されたローマン体が生まれます。イギリス人のジョン・バスカービルによって作られたBaskervilleです。

18世紀後半モダンフェイス

 

トラディショナルの特徴を、さらに進めたのがDidotやBodoniに代表されるモダンフェイスです。印刷(鋳造)技術の近代化によってヘアラインのような細いセリフが可能になりました。モダンフェイスは読みやすくないため、対極としてオールドフェイスが再評価される流れにもなったそうです。

 

19世紀初頭ファットフェイス、エジプシャン

近代化により生産性が上がった結果、商品を売るためのポスター、チラシ、新聞、雑誌広告などの商業印刷が発展し、宣伝物があふれ、もっと大きく!もっと太く!もっと目立つ活字を!という要望があがり、ファットフェイス、黒みを強調したエジプシャンやグロテスクその他多くの装飾的書体が生まれました。

装飾的書体として生まれたグロテスクがのちにサンセリフと呼ばれ、現代では逆に装飾を廃した書体のイメージとなっているのが面白いです。

19世紀後半、ビクトリア朝のイギリスで紙面に書体をたくさん使って目立たせるポスターや、チラシが氾濫し、みんな派手すぎて埋没して目立たなくなってしまったそうです。「書体は一つの紙面にたくさん使わないほうがいい」って若手時代によくいわれたなと、今でこそ経験でわかりますが、いろいろな要望を全て叶えようとすると悲惨な結果になるよい事例ですね。必要な「余白」をとるとか、必要なポイントを絞って「メリハリをつける」とかレイアウトデザインが必要な事を歴史が証明してくれています。

19世紀調の雰囲気を演出するためには、このような書体の使い方はありですね。

20世紀以降の書体

20世紀に入り、サンセリフ体はバウハウスの影響などから徐々に幾何学的な要素を取り込んで洗練されていきます。1920年代Futuraに代表される「ジオメトリック(幾何学的)サンセリフ」(Futuraとはラテン語で「未来」、ちなみにフランス語ではAvenir)、1950年にはグロテスクを洗練した書体Helvetica、Universなどの「ネオ・グロテスク」体が流行しました。見出しから小サイズまで活字書体のバリエーションが豊富なため、ファミリーで統一して構成することが可能でした。1960年以降はルネサンス期のプロポーションをサンセリフ体に取り入れたFrutigerなどに代表される「ヒューマニスト・サンセリフ」体が多く制作されます。視認性に優れていることから、空港の案内表示サインなどでよく用いられています。カテゴリー分けが難しいですが、碑文にインスパイアされたというOptimaもこの分類に入ります。

印刷技術の歴史

活版印刷では金属活字を並べて組版をしていきます。文字単位で活字を並べる「モノタイプ」に対し、1900年代に生まれた新聞や書籍などてテキストを一行ごと鋳造していく「ライノタイプ」Line of type (一行の活字)の2つがあります。
それぞれの活版印刷技術から現在のフォントベンダーの会社名にもなっています。(今ではライノタイプ社がモノタイプ社に買収され、ひとつになっています)

そして写植印刷は実用化・商用販売に至ったのは日本が最初のようです。(写研とモリサワ)背景には、活字一揃いの字数が少ない欧米ではすでに活版印刷の鋳植機が発達・普及しており、日本ほど写真植字機が必要とされていなかったこともあるようです。そしてMacintoshの登場により活字や写植機を必要とせずデスクトップ(DTP)で文字のレイアウトが完結するようになります。

現在のDTP環境下には活版と写植の2つの印刷技術の歴史背景があるため、それぞれの時代を経てきた人によって文字組みの概念が違うように感じます。特に写植は主に日本で発展した技術ということもあり、和文組版では、活版での文字間の物理的制限がなくなったことにより、広告のキャッチコピーなどで可能な限り詰める組版が流行っていました。

印刷技術は時代とともに移り変わっていますが、こうした歴史の流れをふまえると欧文組版は、活版印刷の技術をベースに発展してきた史実があるので「美しい欧文組版」を追求するには活版技術から紐解いていくのが一番良いのではないか思っています。

日本でこれから求められるであろう「タイポグラフィー感」

ラテンアルファベットの歴史、印刷技術の歴史をみていくと、普段目にする欧文書体にも様々な背景があることが分かります。知識がない状態ではデザイン違いでしかなかった多くの書体が、歴史背景を知るとそのフォントがどんな使用シーンに合っているかイメージしやすくなったと思います。

欧文書体は、広告やパッケージ、お店の看板、スマートフォンのディスプレイ内など、生活の中に身近にたくさんあります。書体の成り立ちにより、歴史的な雰囲気を演出する書体、公共サインに適した視認性の良い書体、ページものの本文組みに適した書体など、それぞれ特徴があります。デザイナーや文字を扱う仕事であれば自分がよく使う書体が決まっている場合もあると思います。(例えばサンセリフならHelvetica、ローマン体ならGaramondなど)もちろん特徴を知り尽くした使い慣れた書体だけでも、問題はないかも知れません。でも商品やサービスに合った最適な選択のために、知識として書体によるいろいろな演出方法を知ることは、きっとあなたのメッセージの演出やデザインの完成度をあげる助けになるはずです。タイポグラフィーの歴史を知れば、書体選定の根拠のひとつになります。

以下に参考にした書籍を紹介します。

・欧文組版 タイポグラフィの基礎とマナー

・欧文書体 その背景と使い方

・タイポグラフィ13 タイポグラフィ事典

・新標準・欧文タイポグラフィ入門 プロのための欧文デザイン+和欧混植

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