Overview
ル・クルーゼは高価格帯であるがゆえに、機能訴求に走れば価格勝負に巻き込まれる。実際、機能性を前面に出すティファールと比較すれば、価格・利便性ともに分が悪い。しかし人は必ずしも機能でモノを選ぶわけではない。ル・クルーゼが持つ“かわいさ”や色彩、美しいフォルムは、感性に訴える独自の価値だ。そこで私たちは、鍋の広告を料理誌ではなくファッション誌に出すという異例の戦略を選択。“道具”ではなく“自己表現”として位置づけ直すこの判断は、F2層への認知拡大という目標を達成すると同時に、「意味で戦う」ブランディングの原点となった。機能や価格ではなく、世界の見え方そのものでブランド価値を再定義した好例である。
高機能でも、価格競争でもない「戦い方」を問う。ル・クルーゼは、一般的な鍋としては明らかに“高価すぎる”存在だ。そして「高いものには理由がある」と思えば、つい“機能”を訴求したくなる。
しかしそれは、価格や機能を基準とする競合──ティファールの土俵で戦うことになる。たとえば「取っ手が取れる」という分かりやすい機能訴求のCMを展開するティファールと、ホーロー鍋のル・クルーゼとを単純比較すれば、価格差と汎用性からティファールに軍配が上がるだろう。だが、女性は本当に価格と機能だけで鍋を選ぶのか?という問いが、この戦略の本質を変えた。
カバンを例に考えてみるとよく分かる。物を入れるという“機能”だけを基準にすれば、高価なブランドバッグを選ぶ必要などない。しかし私たちは、デザインや素材、ブランドイメージ、持つことで得られる高揚感までを含めて「価値」を感じている。つまり、人は“機能”ではなく、“意味”でモノを選んでいるのだ。
ル・クルーゼが持つ独自の魅力――それは、“かわいさ”や“色”といった感性に訴える要素である。カラフルな色展開、丸みのあるフォルム、キッチンに置くだけで気分が上がる存在感。これらは決してティファールにはない美的価値であり、生活道具というより、ライフスタイルの一部として愛される理由だ。
当時ル・クルーゼジャポンが私たちに課したミッションは、日本市場におけるF2層(35〜49歳の女性)での認知率を7割に引き上げること。使用媒体は限られた雑誌広告数誌のみという制約のなかで、誰に・何を・どう伝えるかという戦略設計が問われた。
鍋の広告は料理雑誌に出すもの――という常識を、私たちはあえて疑った。あえて料理雑誌ではなく、ファッション誌に出稿するという選択。この戦略には、「ル・クルーゼ=道具」ではなく、「ル・クルーゼ=自己表現の一部」として位置づけ直すという、カテゴリーの再定義が込められていた。この出稿方針が象徴するのは、単なる広告手段の選択ではなく、ブランディングとは世界の見せ方を変えることであるという思想だ。
このプロジェクトは、我々にとっても初めて「戦略としてのブランディング」に取り組んだ案件だった。“機能”の土俵を降り、“感性”という異なるゲームルールを持ち込み、マーケットの常識に風穴を開ける。それは、どれだけ機能的であっても伝わらなければ意味がないという、ブランド構築の本質への気づきでもあった。
Date | 2007-2011 |
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Industry | Retail |
Location | Global |
Grand design